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名古屋高等裁判所 昭和50年(う)68号 判決

本籍

名古屋市中区門前町六一六番地

住居

同 市千種区小松町七丁目二九番地

会社役員

上田春太郎

大正二年一月八日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五〇年一月二一日名古屋地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官に関口昌辰出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人伊藤貞利作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が、重きに過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、検討するに、証拠に現われた被告人の性行、経歴、を初め、本件犯行の動機、態様、特に、本件は、被告人が、昭和四七年における株式の売買額等の所得金額は一億六、七五六万円余であり、これに対する所得税額は一億一、二二五万円余であつたにもかかわらず、所得金額の大部分を秘匿した虚偽の申告をなし、僅か九万九、〇〇〇円の所得税しか納付せず、一億一、二一五万円余の所得税をほ脱したものであること等の犯情に照らすと、原判決の 刑は、相当であるというべきである。なお、被告人は、本件違反事実について、査察の当初から卒直に認めて反省の態度を示し、特に本件所得税のほか重加算税等を分割納付中であることが認められるが、これらの事情を十分斟酌しても、右 刑が重きに失するとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に り、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

控訴趣意書

所得税法違反 被告人 上田春太郎

右の者の頭書被告事件についての弁護人の控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和五〇年二月二四日

弁護人 伊藤貞利

名古屋高等裁判所 御中

原判決は被告人に対し、懲役一年六月(三年間執行猶予)、罰金三、〇〇〇万円の刑を言渡したが、左の如き状情を考慮するとき右の刑の量定は重きにすぎると思料いたしますので、宜しく御審理の上原判決を破棄されたくここに上申いたします。

一、被告人の性格について

被告人は昭和二年に高等小学校を卒業後、すぐ中村商店に勤務し、昭和一七年から二一年まで兵役をつとめ、復員後再び右中村商店に復帰して番頭をつとめ、昭和二八年に右商店が会社組織となるや、専務取締役となつて現在に至つている。その間一貫して右商店の中心的な働き手として真面目に業務にはげんできたものである。勿論前科、前歴は全くない。

二、被告人が本件犯行をおかすに至つた若干の事情について

被告人は昭和二三年頃から趣味として株式売買をはじめたが、しだいにその回数、株数も多くなつてきたのであるが、昭和四〇年には約六、〇〇〇円の損失をきたし、さらにその損失をカバーするために中部証券代行(株)からの借入はしだいに増大し、昭和四七年度にはその借入金は一億円の多額にのぼつた。

すなわち被告人は豊富な自己資金で悠々と株式売買で財産を蓄積してきたというものではなく、昭和四〇年の多額の損失から次第に借入金の泥沼の中にのめりこみ、借入金の返済と利息の支払に追われつづけながら、右株式売買差益により捻出せんとして、さらに借入をするという具合に借入金は雪だるま式に増大していつたのである。

さらに株式売買は景気変動の波に大きく左右される故に、損をしたり得をしたりの繰返しであるが、被告人が株式売買によつて儲けたのは昭和三六年、四二年、四三年くらいで損をすることが多く、とくに昭和四〇年に前記の如く大きく損失をきたし、さらに昭和四五、四六年も五~六〇〇万円の損はあつても全く儲けなかつたような状態であつたにも拘らず、税法は事業にあらざる株式売買利益は之を雑所得としてとらえ、利益のある時にのみ右利益を所得として計算して所得税をかけるが、損失については全く所得計算上考慮しないのであるから、一度大きく損失を受けると、この損失は納税者に対し破滅的影響を与えざるをえないのである。

この点につき被告人は、犯行の動機に関連して検察官調書において次の如く述べている。

「株は損をすることも多く、手持の株を全て処分してみなくては真の儲けはわからないし、中部証券代行からの多額の借入をしてやつており、その利息も多額に支払わなければなりません。それに昭和四八年に入つて株価が下落し、またいつ損をして元も子もなくなるかもしれないので・・・・」

また公判廷においても「借入れで株をやつていたのでなんとかしてそれを返そうとして、それに株はもうかるときもあれば損をするときもあり、損をしても税金はみてくれません。借入れは一億円くらいありました。昭和四〇年には、六、〇〇〇万円損をしました。」と述べている。(原審ではこの間の事情をもつと詳しく供述しているのに公判記録では極度に簡略化されて要約されているのは誠に遺憾である)。

継続的に株式売買をしている以上、損失は所得計算上全く考慮されないのに、利益のある時だけ所得計算上加算されて課税されるという現在の税法の立前からみて、また被告人のように昭和四〇年度の六、〇〇〇万円の損失から借入金の泥沼にのめりこんでしまつた者の立場からすると、あながち被告人のように株式売買による利益について「株は損をすることも多く手持の株全て処分しなくては真の儲けは分らぬ」と考えたとしても、之を全く理由にならない弁解のための弁解として全面的に否定し去ることはできないのではなかろうか。少くともこのような事情は情状として考慮されるべきものと思料する。

三、被告人の反省と今後の指導監督について

被告人は今回の脱税行為については心から反省し、再びかかる誤ちは繰返さないと誓つているし、中村商店の社長の中村信和も被告人が今後再びこのような行為を犯さないように厳重に監督することを誓つている。

四、被告人の修正申告に基づく納税計画について

被告人は昭和四七年度の納税については、起訴事実通りの修正申告をなして、すでに本税については昭和四九年九月より分割して一ケ月一、〇〇〇万円(四九年九月のみは五〇〇万円)宛の納付をしてきているし、さらに地方税については全額二、八六六万円をすでに完納している。さらに重加算税三、三〇〇万円についても本税がすみ次第計画的に納付する方針を固めているのである。この点からみても反省の色は顕著であり、もはや再犯のおそれはないと思料する。

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